今年に入ってから少しずつ体温が下がって来た。
昔から手足が冷たいので、あまり気にしてはいなかった。
しかし、体温計で計測不能になり出し「」と思い出した。
昨年から2月9日からのショートは決まっていた。
低体温は気になっていたが、前日の往診時に体温以外は異常が無いのでショート出陣に医師からOKが出た。
ただし、血圧が低下する等の異常が見られた時には速やかに救急に搬送する様にと言われたのだ。

そんな言葉を頂戴して出したショートだった。
私なりにある程度の覚悟を決めてショートに出した。止めることも出来たのだが…私は疲れていた。
今さら言い訳になってしまうが…
母のこと、姉のこと、父のお世話。何よりも自分自身をどうにもコントロール出来ない状態だった。
一晩でいいから何も考えずに眠りたいと思っていたのだ。

9日の晩は死んだ様に眠った。
10日の晩は夫の晩酌に付き合い、ほろ酔いでグッスリと眠った。

11日は足りなかったリフラノンを届けに父のショート先を訪ねた。
その時に看護師から尿量が少ないことを聞かされたのだ。水分を多めにして様子を看てもらう様に頼んだ。
10日に入浴して体温も少し上がったと報告があった。
13日の午後4時頃に、12日には尿量が増えたが今日になって朝から50cc以下の尿量で血圧が低くなって来ていると連絡が来た。
夫と共にショート先に駆けつける。部屋に設置されていた吸引機のボトルの中の痰の色を見て愕然とした。
泥の様な色だったのだ。
夫に車椅子と荷物を家に持って帰ってもらい,私は父に付き添い救急車に乗り込んだ。

日曜日の救急外来にはインフルとおぼしき人達でごった返していた。
父より重症な患者もどんどんと搬送されて来ていた。
父はモニターに繋がれ、数値的には体温、血圧、酸素濃度が少々低いが安定しているので後回しにされていたのだが吸痰したら…鮮血が引けて来たのだ。
何度引いても痰よりも鮮血が引けるので、内視鏡で出血を確認し止血すると言う。その時に心臓が止まる可能性もあると医師から言われた。
母にだけでも生きているうちに会わせなければと思い夫に直ぐ連れて来る様に電話をした。
その時に何の気無しに姉の携帯にもかけてみたのだ。
仕事の帰りで自宅近くのスーパーで買い物をしていた。あの日は前がみえない程の猛吹雪だったが、姉は直ぐ行くと言った。
母は内視鏡室に運ばれる少し前に病院に到着し、父と対面出来たのだ。
その時の父は意識もしっかりとして、母の声にもちゃんと反応して母の顔をしっかりと見て内視鏡室に運ばれて行った。
姉は父の治療が終わってから到着したが、父もしっかりと目を開け姉の呼び掛けにも反応していた。

姉が到着する前に医師からの説明があったのだが、胃と小腸より出血があり誤嚥による肺炎と説明されていた。その時は休日当直医が経過を見ますと言われ私と姉は帰宅した。

翌日は午後から私自身の予約外来受診の日だったが、朝から父の所へ行った。
到着すると長年お世話になっている救急の主任医師から手招きされ「話があるけど時間はいい?」と言われ父の顔を見てから直ぐに話を聞いた。
今後の治療の事である。
延命治療については以前のまま考えは変わっていないかと確認された。
今後の治療は輸血や昇圧剤の使用もせず、なるだけ痛みや苦しみは回避して欲しいとお願いした。
先生は毎度、辛い事ばかり問うて申し訳ないと言った。続けて説明された父の状態も辛いものだった。
内視鏡の画像にはショート先で見た泥の様な色の物体が写し出されていた。
肺のレントゲン写真は右肺が真っ白になっている。
父は何故肺炎になっても発熱しないにかと質問すると、低体温は高熱と同様だと説明された。
渡された『入院診療計画書』の病状・病名欄には『上部消化管出血、DIC、誤嚥性肺炎』と記されていた。

明日につづく…



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長くなっちゃったんでつづきは明日に…

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