過去の日記を見る度に、思うこと。。。
私って、成長の跡が見えない。orz


無駄に歳とって来た感が否めないのだよ。(;´・ω・`)ショボ~ン
何時も同じ事で愚痴ってる様な気がする。

またもや5年前の話だが(ネット上で、介護日記を付け出したのが5年前なもんでして…)、やっぱり母の事を現在と同じ様に愚痴っている。
子供の頃の回想と共にだ。(何時になったら過去のトラウマから脱せるのか…)


でもね、

唯一、違っていた物を発見。
まだ、姉に対しては優しい気持ちを持っていたのかも…
5年前、姉は貧血を起こし自転車で転倒して顔面を強打。
肋と下顎を骨折、頬骨も陥没骨折と大怪我を負った事がある。
仕事が忙しかった義兄にの代わりに、手術だ転院だと足しげく姉の所へ通っていたのだ。
今だったら考えられない。
ま、父の状態も今ほど深刻な物ではなかったのもあるが、それでも母に任せて行くのには勇気がいったと綴っている。


しかし


そんな妹の優しい気持ち(自分で言うなよな…)を踏みにじられたのもこの時だった。
母や私、義兄や子供の「すっかり身体を治してから退院しなさい」と言う言葉を撥ね除け、医師の意向もそっちのけで姉は無理矢理退院して来たのだ。
家の事とか、仕事の事やらが心配での事かと思いきや…
私達や家族にまで秘密裏に、翌月に予定されていた海外旅行に行きたいが為の退院だと知り呆れ返ってしまった。
私の所へも助け舟を出して欲しくて何度か「娘は行っておいで(←嘘だから…)って言うんだけど…パパがね〜」と電話が来たが、「周りの人の気持ちも少しは考えたら?」と言ってやった。
考えてみるとこの事件以来だと思う。
あんなに頻繁にくだらない話で(私には関係ない仕事の愚痴)電話をかけて来た姉が、ピタリと音信不通になったのは…

そんでもって、今まで母の言う事には逆らわなかった姉が50歳にして初めて逆らった事(勝手に退院したこと)で、母は自信喪失。
その後しばらくの間、不穏状態で泣き叫ぶ事が多くなった。
私の精神的負担も嵩み、虚血性大腸炎を繰り返しておりもした。 Σ(@д@;)ナイタラ、アカン・・オモイダシテシモゥタ~


あ〜、暗い話になってしまったよ。
気を取り直して、今の父の事。
本日よりフェルガード100Mを再開。
朝に1包から初めて見ます。
今更、何故に?と思われるかもしれませんが、Dr.コウノの『末期でも重症でも認知症患者に効果』って言葉に最後の望みをかけてみるわさ。
効果の出ない30%では無いと思える父なので、大きな効果は期待していないけれどボチボチと行ければ良いかと思ってます。



私って…
けっこう執念深いかも…

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|ω・○) コソーリ…


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