こぶたのきもち

両親の介護とこぶたのくらしっぷりだよ〜ん                                                父はレビー小体型認知症と10年以上も戦い旅立ちました。                                           現在は何の因果か、これまたレビー小体型認知症の母とレビーに挑んでいます。

2010年02月

冬季鬱

父の状態も、先週からず〜っと下降線をたどってる。
幻視を目で追っている時は私の呼び掛けにも返事をしてくれなくても、まだ表情が微かにあり目もパッチリと開いている。

しかし最悪なのは…
半眼で眼球が上方に上がり白目がちな時だ。
呼び掛けに応えるなんて事はあり得ない。
呼吸も不安定極まり無いのだ。


胃が痛くなる…


最近の私と来たら、やる気は出ないし倦怠感&気力の低下、異常な眠気。
介護鬱?
更年期による鬱症状?
色々と考えてみたが…
介護による不安と疲労、過度の睡眠不足等々気分の落ち込む事柄が多いのは事実。
更年期による自律神経失調症(←これって日本独自の病名らしい)から来る体調不良と精神的ダメージ。
この二つの原因もさることながら…

冬季鬱病(季節性情動障害)』が関係しているのかも…。


更年期を迎えた中高年に多いらしく、日照時間が短くなる時期にも関係しているそうな。
雪深い北国や高緯度地域に発症率が多いらしい。
Wikipediaで調べたら、『倦怠感、気力の低下、過眠、過食(体重増加、炭水化物や甘い物を欲する傾向が強まる)などの症状が見られるのが特徴。患者の大部分は、冬以外の季節では健康な状態であることが多い。』と冬以外の季節でも他の要因で健康でも無いが、ほぼ症状もピッタンコ!
光療法(高照度の光を浴びる治療法)や日光浴も良いらしい。

考えてみたら、外に出る機会も極端に少なくなってしまいお天道様にお目にかかる機会もぐっと減ってしまったな。


いかんいかん!

お天道様を仰ぎ、健康な心に戻らねば…

とは、思うものの…いろ〜んな不安に押しつぶされそうな私なのだ…



あ〜鬱ネタが多すぎる…


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それは鬱から始まった…Ⅱ

鬱の暗いトンネルを過ぎてから…


性格なのか?
はたまた、性別なのか?

父と母の症状は、一部に類似する点はあるものの…
同じレビーとは思えない程に違いを見せてくれる。

父は元々が穏やかな性格の人で、周囲にも気遣うことを忘れない。
それはレビーを発症してからも変わる事は無かった。

母は元来、気性も激しく我が侭なところがある人だったが…
今では偏屈に脚が生えて、我が侭を着て歩いているように成ってしもうた。ドンナ?ダヨ…( ̄∇ ̄;)

幻視が今でも頻繁にある父とは違い、母にはそのような言動は今のところは無い。
ただ、父と同じ状態だと言う事を隠している可能性もあるのですが、私の見ている限りでは幻視は無いようだ。

レム睡眠行動障害については、父の場合は発症前の早い段階から(50代後半頃から)大声を上げ立ち上がって暴れる事が見られたのだが、
母は大声の寝言はやはり50代頃からあったが、レビーを発症後は今まで母の口から発せられた事が無いような汚い男言葉での寝言がほぼ毎晩の様に続いている。
父は夢遊病者の様に立ち上がり暴れましたが、母は今のところは寝言だけで済んでいる。

父は少量の抗鬱剤や精神安定剤等で意識が混濁して立ち上がれなくなる程の薬剤過敏に対して、母は抗鬱剤も安定剤も父ほど過敏ではないようだ。

共に共通する点は、父も母も物忘れ等はあるものの極端な知能低下は見られない事。
床や足下が歪んで見えたり物が二重三重に見えたりと、視覚障害は共通だ。
傾眠傾向なのも同じ。

ただ、パーキンソンニズムに関してだが…
母も確かに動きが緩慢になっては来ているので、何をきっかけにパーキンソンニズムが始まるのかは…時間の問題なのかもしれない。
父も初めは動きが緩慢になり、胆のう炎の手術後から歯車様筋固縮が見られる様になった。
その後、腰椎の圧迫骨折が引き金となり自立歩行が出来なくなる。
それからは坂を転がるが如く現状の寝たきりへと突き進んだ。

なので、
母にはくれぐれも転倒には気を付けてもらいたいものだ。



本当にレビーの症状って多種多様。


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それは鬱から始まった…

な〜んてタイトルにしちゃったけど、


我が家の場合は、レビーのプロローグは””から始まりますた。


当時は両親とは離れて暮らしていた事もあり、どのように鬱に至ったのかは見ていた訳ではないので何とも形容しがたいが…
また、父が本当に鬱状態にあったのかさえも定かではない。
しかし、父は元気が無いと言う理由で内科医から抗鬱薬が処方され、それがきっかけでレビー小体病の疑いが浮上した。


また、
母の場合は父が認知症ではないかとの心のモヤモヤが積み重なり、その時は突然やって来た。
これまた、同居していた訳ではないので、どのようなプロセスで極度の鬱状態に至ったものかは分らないのだが…
当時すでにレビーを発症していたと思われる父の幻視や、夜間に家の中を意味無くウロウロと徘徊する行為に独りで心を痛めていたものと思われる。
父からの

婆さん(母)が、変なんだ

との電話で、駆けつけた時にはソファーとテーブルの隙間に踞り

死にたい…

と繰り返し泣く母がいた。


父はその後は坂を転がる様にレビーは進行し、寝たきり状態になるのも”あれよ、あれよ”と言う間だった。
母も鬱は少量の抗鬱薬を現在も飲み続けている。(効果があるのか疑問に思う程の量を、お守りの様に続けている)
鬱の症状は最初の2年程が一番酷かったが、その間は父がどうしても同居を拒んだので二人で暮らしていた。
もちろん、しょっちゅう様子を見には行っていたが…。
同居を始めた頃に生活が変わった事もあり一時悪化した様に見えたが、現在はそれらしい症状は全く無い。

ただ、母は鬱状態が酷くなった時の事はすっかりと記憶に無いのだ。
そうだったらしいとオボロゲな記憶はあるようなのだが、自分がどんな事をしていたのか何を思っていたか等は全て記憶に無いのだそうだ。
単に認知症と言う部分で忘れてしまったのかもしれないが…
”エエカッコシィ”の母なので、すっとぼけている可能性も否めない。



父が鬱状態にあったのかは…
残念な事に、もう聞く事は出来ないな〜


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結果

MR検査してきましたよ…



例のお尻のウズラの卵大のしこりの件でつ。


分厚いお尻の脂肪の中にコロリンチョとありましたよ。
でもね、今では小さく(大きさは変わらないが、厚みが薄くなった)なって、痛みも殆ど無くなったのだ。

しかし、その代わりと言ってはなんだけれど、腰の痛みが激しくなった。
腰から右足外側が痛い。
三年前には「何処も異常なし」と言われた腰のMRの画像を見ながら今回の医師は、腰椎3番4番の椎間板ヘルニアと診断した。
痛みが出てから7年目にして、やっと病名を頂けた訳である。
3年が経過しているのでもう一度腰のMRをと言われたが、今は時間が取れないので「暇がでけたらお願いします」と言っといた。

だって…


今回お尻の2㎝程の間隔の画像を撮って結果を聞くまでに、5時間の時間を費やしたのだから…

午前中に往診が入っていた事、午後からは訪看が1時間入っていたので、痰を詰まらせる事も無く母と二人で留守番させておけたが、心中穏やかではなかったのだ。

もちろん、経管栄養も時間がはちゃめちゃな状態。

現在の父は、尿量が少なめなのが気になるが、何とか変わりなく過ごせている様子。


私自身が病気になる事は御法度だ。
受診するのに、とても困るのだ。

以前にどこでもヘルパ〜(ドラえもん風味で言ってみよう!)があれば最高と介護仲間と笑ったものだが、本当にそんなヘルパーさんが居たら最高だと思う。

因に私の右上5.6.7番のブリッジは、炎症部分を応急処置してもらいはずしたままで、もうすぐ1年が経過しようとしている。
歯抜けのままで何時まで過ごさなければならないのか?(p_;)



ガハハッと大口開けて笑えるのは何時の事か…


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レビーって…

相変わらず、苦しそうな呼吸の父なのだが…

父の症状にもローテーション?があるようで、

苦しそうなガーガーいう呼吸。

汗をかきながら口腔内もウェットなウガイ状態の呼吸。

普通に楽な呼吸。

この三種類の呼吸を一定期間で回っているのだ。


確かに以前も記した様に、グラフに表せばその波形は徐々に小さくなっているのだが…

父だけではなくレビーを患っている人だけではなく、認知症でも他の病であっても、健康な人であっても最期の時はいつかは訪れるもの。
数十年前の話だが、人間の身体は環境汚染や病気が無ければ、120歳位までは生きられるようにつくられているらしいと聞いた。
なので、どんなに踏ん張ったところで終わりは何時の日か訪れる訳なのだ。

父だけではなく、いつかは私にも…

話はかなりズレチョビレ…自分でも何を言わんとしてるのかわからなくなっちまった…( ̄σ・ ̄)ホジホジ


ただ、言いたい事はね。


父を見ていて思うのだが、
私は医学的な事はよ~知らんが、
脳ってまだまだ未知の世界と思うのだ。

きっと何も知らない人が父を見たのならば、何もわからず身体も動かず失語した寝たきり老人と思うだろう。
そんな父に言葉を発する事が出来るとは、突然に手や脚が動かせる等とも決して考える事も無いだろうと思う。
父は自ら表現する事が困難なだけで、言葉を聞き取り理解も出来ていると思われる。
それは娘の欲目でもなんでもなく、実際にそうなのだ。

だから、優しく接する事は大切なのだが、幼児の様に扱うのはいただけない。
少なくともレビー患者にはしてはいけないと思うのだ。
あくまでも尊厳を持って接して頂きたい。

年齢を重ねた事で少々頑固にはなっていると思う。

厄介な事に、我が侭も半端無いとは思う。

けれど今まで通りに接して欲しいのだ。
幸いな事に今現在は、父の周りの介護関係者の中にはそのような人はいないのだが…
いかんせん、家族の中にいる事が嘆かわしい。
今まで通りに母は夫として、姉には父親として接して欲しいのだが…


はたまた、話が脱線。。。


それでね、レビーで検索してこのブログを覗いてくれた方もいると思うの。
私もそうだったが、情報が欲しくて片っ端から検索しまくっていた日々があった。
当時(2005年)は『びまん性レビー小体病』なんて、医師や介護関係者も名前すら知っている人が少なかった。

今は(私個人の感想だけど…)レビーって名前だけが一人歩きしているような状態だと思う。
医学的な情報は多くなったと感じている。
診断の仕方、薬の処方、有効と思われるサプリメント等々…

けれど、この病気には症状があまりにも多い。

実際に我が家では、両親ともレビー患者だ。
しかし、父と母の症状は一部分の類似点はあるものの殆どが合致しない。
したがって介護の方法も違って来ると思われる。
そんな、こんな、情報を発信しているのが
レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会(東京ゆるゆる組)
のサイトです。

東京近郊にお住まいの方だったら是非におしゃべり会に参加してみて頂きたい。

また「ゆるりん通信」というニュースレターを無料で配布して下さってます。
レビーの不思議な症状や介護のヒント等、内容は濃厚でつ。
私もいつかは絶対に東京ゆるゆる組の家族会に乱入?しようと決めています。(○´艸`O)マッテテネ!

ブログだって、必見。
レビー介護家族卒業者&現在介護進行中の方々のお話がてんこ盛りです。
わからない事や困った事があったらコメント欄で相談しちゃいましょう。
きっとナイスな答えが得られると思うの。



だれも独りじゃないんだよ。
一緒に考えていけたらいいと思ふの。。。


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